Site map

天使と悪魔の解説

天使と悪魔のシームとは

映画版の「天使と悪魔」をご覧になった皆さんは果たしてどんな感想を持ったのだろうか。

ダン・ブラウンの熱烈なファンの多くは複雑な心境なのでは!?
つまり・・・この映画版のカメルレンゴの描き方に、原作を読んだ者なら「これは違う」と大きな違和感を持ったのではないのか!?

これは想像だがダン・ブラウンの2大原作「ダ・ヴィンチ・コード」と先に出た「天使と悪魔」とを比較した場合、大半のロバート・ラングドンとダン・ブラウンのファンは、「天使と悪魔」を評価というよりも感性的に好むだろう。

それは、ちょっととても大き過ぎて日本人には理解出来ない「ダ・ヴィンチ・コード」のシームよりも、タイトル同様カメルレンゴに「天使と悪魔」という2元論、つまり2面性を生じた理由に日本人が大好きな湿った「ヒューマニズム」に感応した読者が多いと思えるからだ。

結局、ダン・ブラウンが「天使と悪魔」で、何が主張したかったのかというシームは、映画化した事で、若干というよりも完全にぼやけた様な印象を受ける。

私は、原作における最大のシームを「人間の二面性」と捉えていただろうとファンや有識者の一部は見ている。表面上は私もそうなのだが、陰謀肯定論者の立場からいうと偽善的な子供騙しのお涙ちょうだい話としか例えようがない。

(元々、キリスト教を作ったのは、実はあちら側の連中である。
ダン・ブラウンなど所詮、まさに「二分化して統治せよ!」の流れの中の手駒の一つに過ぎないという訳である。
これは一般の読者には全く判らない話なのでここは飛ばして読んで頂きたい。)

さて、ではこの「人間の二面性」というシームを高く掲げると、どうも映画の中のマッケナ神父にはこのシームはちょっと大き過ぎる様な印象を受ける。

映画版では、単なる自己の欲望・願望の実現者(単なる悪人)という小さな人物に変身してしまっていたのは残念であった。

原作では、くどいようだが、このカメルレンゴ(Camerlengo)を通して、「宗教と人間」の関係、そして神に似せて創造されたはずの「人間の二面性」は、「神の矛盾をも根底に孕んでいるという暗示」を大きなメッセージとして主張していたはずなのだが、映画ではこのメッセージが消えてしまった訳である。

映画のラストシーンでは何となく仲良し子良しでうやむやで本来のダン・ブラウンのメッセージがオブラートに包まれ誤魔化したという印象を受ける。

恐らく、これは、世界のカソリック教徒に配慮したため、原作のシナリオ変更に踏み切った結果だと思われます。

              ☆☆☆☆ ☆☆☆

原作を読んだ感受性豊かな者達は、このカメルレンゴの「純粋で完全な善という神の威光を実現するために、自ずから悪魔に心を売った人間の苦悩とそこに至る心模様・・・」という部分に「人間の二面性」を見て人生の悲哀を感じたり共感していたはずである。

昔から、得てして良くある話なのだが、映画から観た人々には関係ないのだが、原作を読んでから映画を観た者達には、完全に別物の「天使と悪魔」である。

それに対して、良くしたり顔で、映画は原作と違うと騒ぐ人々が居る。
そんなことは、今回の映画化に関して、ダン・ブラウンは全て納得済みであり、彼が新たに作り直した様なものなので、別にどうでも良い話である。

結論として、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」は、あらすじも登場人物もシームも微妙に異なる2つの作品が同時に存在している訳である。

故に「天使と悪魔」を語るのには映画と原作の2つを観て読んで完結すると云えるのかも知れない。

因みに、「神と科学の融合」だなんてラストシーンは、大衆向けの茶番である。
狙いは、「キリスト教の崩壊」だ。
(ここは、理解出来ない人々が多いと想いますので無視して下さい!)

お判り頂けただろうか。
最後まで読んでくれて有難う。グラッチェ!

ダン・ブラウンはどこまで我々を楽しませてくれるのでしょうか。これからも彼の著述作品から目が離せません。最近は、フィリップ・マーロウの様にロバート・ラングドンが夢にまで現れる始末です。取り合えず最後まで見てくれて読んでくれて有難うございます。この記事は天使と悪魔の解説のオリジナルによるものです。又お会いしましょう。

天使と悪魔の解説

天使と悪魔 映画と原作の違いの一考察

天使と悪魔の映画を観たのだが、かなりがっかりです。

とは云うものの、「原作と映画の違い」や「本作品の持つメッセージ」と根底に流れる一連の「ダン・ブラウンが発している隠されたメッセージ」などについて一つ解説してみようと思います。

ま〜その〜細かい話をするとべらぼうに長くなるので、記憶に残っているものを掻い摘んで紹介したいと思うところです。

第一感としては、モチーフとかアイテムと云おうか、味付けといおうか、原作の大きな要素となるあらすじや設定のキーワードが著しく消滅したか格下げされてしまったという印象ですね。

先ず断っておくと、原作と実際の違いという様な、例えばスイス衛兵隊の数が小説中では確か140人前後、実際は100人前後とか、バチカンの保管庫や教皇執務室とかの配置や内装にデザインが違うなどというマイナーなどうでも良いことにはここでは触れません。

◆さて、原作と映画との違いなんですが、映画では、設定上別人になったか、格下げか、存在する設定だが登場しないか、更に完全に消滅した人物達が存在しますね。あらすじも設定・背景も変化したので、これには驚きました。

【 天使と悪魔 原作と映画の違い 】

出てこないセルン(欧州原子核研究機構)所長のマクシミリアン・コーラー、セルンの科学者でカトリック司祭のレオナルド・ヴェトラ、BBC記者のガンサー・グリック、BBCカメラマンのチニ―タ・マクリ、カメルレンゴの出生の秘密と彼の科学への逆恨みが消えた、つまり彼の犯行動機が変ってしまった。

更に、実の父親から養父へ、カメルレンゴの本名カルロ・ヴェントレスカからマッケナ神父へ、オリヴェッティがさほど重要な人物ではなくなりヴァチカン警察に、アサシンが傭兵に変りカリスマ性とポリシィーが消えた、新登場リヒタースイス衛兵隊長、セルンの扱いが貧弱、セルン所長マクシミリアン・コーラーの要請がヴァチカン警察の要請へ、X-33 (航空機) も出る幕無し。

大選皇枢機卿もモルターティからシュトラウス枢機卿へ、全員亡くなるはずの4人のプレフェリーティ(枢機卿であり候補)が1人生き残る、父が殺害されたヴィットリア・ヴェトラの復讐に燃えた探究心が消えた。

多分、新登場のシメオン神父、天使と悪魔の彫像を象徴にし原作からの変化を予感させた、記憶が曖昧だが多分消えたオリヴェッティの部下ロシェ・・・、ヘリにはロバート・ラングドンも乗り込むのだがマッケナ神父のみ、ロバート・ラングドンの奇跡のスーパーアクションが消えた。

ロバート・ラングドンがアサシンに遭遇しやっつける一連の場面、反物質の研究はヴェトラ親子のみの秘密だったはずが研究チームに変更、ペテロの墓の上に教会を建てた経緯(いきさつ)と聖書との関連性(つまりカソリックにとっての総本山であるバチカンの存在とか位置付けの大きさの強調という味付け)が出てこないので映画での演出とストーリーの流れが甘いものになって(時間がないので仕方ないか)しまった。

ラストにかけて、カメルレンゴが落下傘で降りてからの場面、原作でのカメルレンゴの荘厳で華麗な最後がなくなりお粗末な悪人の最後という印象、一連の真実が判明する経緯、ルカの名が登場した、神と科学の融合、ラストシーン・・・、ETCというところか。

ただ、1人の枢機卿が助かる場面は、映画的には高得点であり10ポイントであった。

【 映画版 天使と悪魔 ストーリーの疑問 】

マッケナ神父がそのカメラの存在を知らなかったという設定には、ちょっと納得出来ないのと、リヒタースイス衛兵隊長が、気持は判るが誰にも言わないで、つまり一人で全部背負って、マッケナ神父を問い詰めるというのも合点が行かないところである。真実を明らかにする前に2人だけで話、カメルレンゴの意志を事前に確認したかった・・・、判らなくもないが、別に部下が同席してもおかしくはない・・・と思うのだが。

・・・しかし、この位はね〜これはちょっと拘り過ぎかな。
まっどうでもいいかな。

極めつけは、ロバート・ラングドンがアサシンに追い詰められた時、入って来たヴァチカン警察2名に、「その男は警察官ではない!」又は、「そいつが犯人だ!」と十分に伝えられたのに云わなかった。実際は、見えなかったけれども。

この場面は絶対におかしいとまでは主張しないが、ちょっと腑に落ちない。
場面からは、とにかくその場から逃げるのみのロバート・ラングドンの意志しかないのは判らない事はないが、ある程度状況が把握でき、警官と銃声の音と声は十分に聞こえたと思うのだが。

ま〜細かいことです。アサシンの仲間かも知れないし、イタリア語は判らないし。

まっどうでもいいかな。

◆アサシン(元傭兵)がビジネスライクな意見と罪という発言を語るのには興ざめだった。
暗殺者に恐さと威厳の念が消滅してしまった。つまり普通のそれなりの人物になり、原作での劇中語られる深い歴史に裏付けられた彼の生い立ちなどが醸し出すムードが消えたのでした。

◆ダン・ブラウン原作の作品が映画になった場合の原則を紹介すると、細かな背景・設定とあらすじが変化する以外に2つの法則がありこうなる。

1、大体、暗殺者の最後は原作と違う。
2、補佐役の主要な刑事とかの人物の設定・地位・背景がわざと映画様に全く異なるものに作り変えられる。

さて、ま〜ダン・ブラウンが、製作総指揮者なのだから当然彼は全て了解済みな訳であるのだから、文句を言ってもしょうがない。

【 参考情報 】

因みに、ちょっと前には、反物質が存在しこの世と触れた場合、宇宙全体が連鎖爆発で吹っ飛ぶと云われていましたので、正直あの程度の爆発で済んでよいのかという疑問は未だにありますが、科学雑誌ではなく所詮フィクション小説ですから良しとしましょう。

更に、因みに、セルン研究所の本作品に該当する様な素粒子を加速し重金属に当て陽子の変化を見る研究をする存在は、実は日本の岡山県にも世界5位(3位?)以内のものがあります。

加えて、年配の方はご存知だろうが、「オリヴェッティ」とは有名なイタリアの会社であり、日本ではタイプライターで有名だった。パーカーの万年筆の様なものである。

◆じゃ〜、それでは、ダン・ブラウンは、一体この「天使と悪魔」や「ダ・ヴィンチ・コード」を映画化し、原作の特徴やストーリーを捻じ曲げても良いという条件化で、何を描きたかったのか!?

判りますか!?皆さん。

フリー・メーソンリーもイルミナティーもキリスト教も全てダン・ブラウンのアイテム・要素の一つですが、それだけの単体・独立したものと考えてはいけません。
全てが関連し「隠されたメッセージ」の存在を暗示しています。

答えは、こうです。

映画の後半アサシンが二人にこう語ります。

「神に使える者達に気をつけろ!」です!

◆そして、その神とは「どの神」なのか。
◆もしかしたら「あちら側とこちら側の両方」かも知れない。

私の推測が外れる事を祈るばかりです。

最後まで読んでくれて有難う。グラッチェ!

ダン・ブラウンはどこまで我々を楽しませてくれるのでしょうか。これからも彼の著述作品から目が離せません。最近は、フィリップ・マーロウの様にロバート・ラングドンが夢にまで現れる始末です。取り合えず最後まで見てくれて読んでくれて有難うございます。この記事は天使と悪魔の解説のオリジナルによるものです。又お会いしましょう。

天使と悪魔の解説

ダヴィンチコード 天使と悪魔

ダ・ヴィンチ・コードと天使と悪魔という長編サスペンス推理小説についてご存知でしょうか?ダ・ヴィンチ・コードと天使と悪魔ともども、ダン・ブラウン原作のベストセラー作品です。非常に宗教的な内容を扱い、これまでキリスト教世界においてタブー視されていた問題にフォーカスを当てたためキリスト教徒、主にカソリックの信者たちから反発を受けるという一サスペンス推理小説が起こした影響では前代未聞であった。
似たケースではサルマン・ラシュディの「悪魔の詩」が当時のイラン最高指導者アヤトラ・ホメイニから糾弾された事件がある。

因みに、ダ・ビンチ・コードは、この天使と悪魔の事件が解決した後に、偶然ロバート・ラングドンがフランスに講演に立ち寄った際に巻き込まれ始まるのです。ですから、ロバート・ラングドンシリーズとでも申しましょうか?このロバート・ラングドンが登場する記念すべき第一作目を読まなければ、ダ・ビンチ・コードも理解が浅くなるわけです!
    <ロバート・ラングドン役ートム・ハンクス>
トム・ハンクス
以下ダ・ヴィンチ・コードと天使と悪魔の参考データ!

★<天使と悪魔>
(ANGELS & DEMONS)
アメリカで2000年に出版
日本では、2003年出版(角川文庫)
2009年映画化
監督ロン・ハワード、主演トム・ハンクス、主演アイェレット・ゾラー

ロバート・ラングドン役ートム・ハンクス
ビットリア・ベトラ役ーアイェレット・ゾラー

<基本シーム>
「宗教と科学の対立」
「秘密結社イルミナティーの復活」
「人間の極限的な二面性」

★<ダ・ヴィンチ・コード>
(The Da Vinci Code)
アメリカで2003年に出版
日本では、2004年年出版(角川文庫)
2006年映画化
監督ロン・ハワード、主演トム・ハンクス、主演オドレイ・トトゥ

ロバート・ラングドン役ートム・ハンクス
ソフィー・ヌヴー役ーオドレイ・トトゥ

<基本シーム>
「宗教象徴学」
「秘密結社・秘密儀式の存在」
「イエスの血脈の可能性」
「マグダラのマリアの真実」

最後まで見てくれて読んでくれて有難うございます。そんなあなたに幸運が訪れますように!!この情報はお役にたちましたでしょうか?この記事の情報提供は天使と悪魔の解説!のオリジナル記事によるものです。それでは、今日はここまでです。又お会いしましょう。ごきげんよう!グッドラック!!

天使と悪魔の解説

ダン・ブラウンの真実の狙い 天使と悪魔の解説!

ダン・ブラウンの真実の狙いについて取り上げたいと思います。 
こんにちは!天使と悪魔の解説の管理人です。

今日は、いよいよダン・ブラウンが、「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」などの小説群を通して、世に広めたかった謎について語りたいと想います!

先月から今月に掛けて、「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」などに含まれるダン・ブラウンのメッセージと言おうか、シームについては紹介して来ました。

★決してストレートな物言いではありませんが、”キリスト教の破壊を目指す!”ような暗喩的なメッセージが込められている。・・・というものでしたね。

さて、今回の映画された「天使と悪魔」なのですが、もう一つの世論操作的な暗喩メッセージが隠されています。

はっきり云えば、こうも簡単に一般人・大衆は騙されてしまうのか?・・・という世論操作の醍醐味と実践を今を生きてる自分がこうもまざまざと見せ付けられるとは思いもしませんでした。

ただ一般人であり大衆は全くそれに関して気づくことはないでしょう!!

★恐らく、陰謀論に詳しい作家や、現実世界の資本家や世界の市場経済でリアルに戦っている企業戦士か、アメリカのネオコンを中心に計画実行された9.11偽装テロ工作事件にやっと気付き始めた大衆位でしょうか?

真実を知るその前に、事前テストといおうか、質問です?

    <ガリレオの位置付け>
先ず作中登場するガリレオの位置付けですが、一般的に当時ヨーロッパにはなかった実験結果を数学的に分析する方法論を確立し、その科学的分析思考を宗教的観念から切り離し科学という新しい分野を独立させ「科学の父」と呼ばれた。
それ故に、盲目的な教会の権威や観念的アリストテレス哲学とは別ち批判的になって行ったために、カソリックとは真っ向から対立し、異端審問において地動説を否定し命を拾うが、軟禁状態という屈辱を受ける。・・・こういった背景でカソリックと対立・復習などと劇中色付けに利用されている訳です。年代から判る通りイルミナティが結成される以前に亡くなっています。ーそして、イルミナティー創始者のアダム・ヴァイスハウプトは、別に科学者的見地から立ってバチカンに復習するためにイルミナティを設立した訳ではありません。

☆ガリレオ・ガリレイ 1564年〜1642年 。
☆アダム・ヴァイスハウプト 17○○(不明)年生まれ。
☆マイヤー・アムシェル・バウアー(ロスチャイルド)1744年生まれ。
☆イルミナティ バイエルン王国で1776年ヴァイスハウプトにより創設さる。

例えば、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』などの大まかな記述を読んで頂ければ判る通り、イルミナティーの表面的な歴史をなぞっただけであり、そのロスチャイルド家を中心とする一族がイルミナティーをバックアップし、且つ支配者となってきた本質と真実については全く語られていません。ま〜一般的には判らないのが当然でしょうか?笑い^^!

ずばり解説すれば現在、世界を影で操り、動かしている最高の高みにある秘密結社の一つがイルミナティーなんです!

彼等は或る目的のために、かなり古代から連綿とその思想を失うことなく、消滅させることなく、この現代まで純粋な血脈を保っています。

思想という言葉を、「一族の掟」とか「血の誓い」とでも置き換えると判りやすいですかね!?信じられませんか?ご心配なく、この私も当初全く信じられませんでしたから!笑い^^!

さ〜、ここで秘密結社のイロハから何たる由縁を語るにはとても紙幅が足りません。

確信に迫って行きたいと想います。

昨今、9.11偽装テロ工作事件を起こしたこれらの闇の支配者達は、彼らの数々の作戦は成功したけれども、世界的にそれに対する反発や、陰謀論を説くメディアや学者、それに喚起された一般大衆がこれまでの世界に施された汚い、醜い陰謀の歴史に眼を向け始めた事に若干の危機感を持ち始めたのも事実です。

それ故に、彼等は大衆を煙に巻く作戦を、第二次世界大戦後推進してきています。
大衆が馬鹿なままでいるように、無知なままでいるように、考えないように世相や娯楽(3S政策)で我々を操って来た訳です。

今回、映画天使と悪魔では、以下の様な対立形式を掲げています。

<カソリック=キリスト教VS科学=イルミナティー>

これはまったくの誤りです。

<イルミナティー=科学>というイメージは当てはまりません。
別にフィクションですから、ダン・ブラウンが何を書こうと構いませんが、その先に隠された意図に騙されてはいけません。これは誤ったイメージを大衆に植え付けるものです。
つまり、こういうことです。

★現在も、イルミナティーは当然存在しますが、影で世界を操る連中の重要な最高峰の組織です。もちろんフリー・メーソンリーもそうですが、イルミナティーの存在をカムフイラージュするために、わざと前面に名称を押し出し、違うイメージを大衆に抱かせるのが狙いなんです。これがダン・ブラウンの席を置く組織の真の狙いです!!

因みに、正しい解釈はこうです。

<イルミナティー=秘密結社の最高諮問機関=ピラミッドの頂点>
<秘密結社のTOP=ロスチャイルド家=ロックフェラー家>
基本的には、<ロスチャイルド家 > ロックフェラー家 > その他約13家>

と云う風に解説する私は、結論としてダン・ブラウンをあちら側の組織の人間だと確信し位置付けています。ダン・ブラウンの世に出た第一作についてご存知でしょうか?
それこそ掃いて捨てるほどある下らないスパイ物のアクションサスペンスというアメリカハリウッドの糞映画の脚本と同じ内容です。それがいきなり二作目で世界的な大ヒットで三作目で映画化となり、二作目も今回映画化となった訳です。

なんかありましたよね!貧乏なイギリスの或る女性が書いたファンタジーの様な小説と同じパターンですよね。かつて私が知る限り作家デビューした一作目が世界的大ヒットしたなんて話なんて聞いたことがありません。確かに数カ国とかはありますが、世界同時に連作が発売されるなんて裏で誰かがプロデュースしない限り不可能です。業界のことに詳しくない方は、単にそれだけ世界で人気がある位にしか考えられない・・・ということも判らなくもないですが、出版会に身を置く人間に言わせれば大変なことだそうです。
それと音楽業界に身を置く人間の正直な告白的な情報を紹介すれば、新曲のランキングチャートなどほとんど出鱈目で最初は金で買うか操作しているとのことです。途中経過の集計などではまっとうなものもあるらしいのですが、なぜ発売されてまもない曲が・・・なのか?七不思議がたくさんありますよね!?

ご理解頂けましたでしょうか?
ちょっと難しいかな!?笑い^^!

最後まで見てくれて読んでくれて有難うございます。そんなあなたに幸運が訪れますように!!この情報はお役にたちましたでしょうか?この記事の情報提供は、天使と悪魔の解説!のオリジナル記事によるものです。それでは、今日はここまでです。又お会いしましょう。ごきげんよう!グッドラック!!

天使と悪魔の解説

天使と悪魔の映画化について

天使と悪魔の映画化について興味はおありでしょうか。

いよいよダン・ブラウン原作の天使と悪魔がダ・ビンチ・コードに続き映画化され日本にやってきます。待ち遠しい限りです。

先日の紹介記事でも書きましたが、天使と悪魔の前に数年前日本でも一大ブームにもなったダ・ビンチ・コードは、この天使と悪魔を読まなければ完結しません。

因みに、「ダ・ビンチ・コード」は、この「天使と悪魔」の事件が解決した後に、偶然ロバート・ラングドンがフランスに講演に立ち寄った際に巻き込まれ始まるのです。

そして、ストーリー中出てくる組織や団体の多くは実在し、ダ・ビンチ・コードの方と天使と悪魔の方とは、一見関連性はない様に見受けられますが、実は両者に登場する組織や団体は、大きくみれば、実はダン・ブラウンの真のメッセージを読み解くためには必要不可欠なものであることが判ります。

ですから、当然ロバート・ラングドンシリーズとでも申しましょうか。このロバート・ラングドンが登場する記念すべき第一作目を読まなければ、ダ・ビンチ・コードも理解が浅くなるわけです。

お判り頂けましたでしょうか?

天使と悪魔11.JPG


映画はあなたの心を優しく豊かにしてくれたり、あなたに無限の想像力を与えてくれたり、人生の喜びと悲しみとが織り成す走馬灯の様な、人の生き様を一瞬にして凝縮して見せてくれる魔法の宝箱のようなものです。私はこの映画を是非とも多くの皆さんに見て頂きたく、ここに推薦致します。

ダン・ブラウンはどこまで我々を楽しませてくれるのでしょうか。これからも彼の著述作品から目が離せません。最近は、フィリップ・マーロウの様にロバート・ラングドンが夢にまで現れる始末です。取り合えず最後まで見てくれて読んでくれて有難うございます。この記事は天使と悪魔の解説のオリジナルによるものです。又お会いしましょう。

1 2 >>



Powered by Seesaa
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。