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天使と悪魔の解説

天使と悪魔 映画と原作の違いの一考察

天使と悪魔の映画を観たのだが、かなりがっかりです。

とは云うものの、「原作と映画の違い」や「本作品の持つメッセージ」と根底に流れる一連の「ダン・ブラウンが発している隠されたメッセージ」などについて一つ解説してみようと思います。

ま〜その〜細かい話をするとべらぼうに長くなるので、記憶に残っているものを掻い摘んで紹介したいと思うところです。

第一感としては、モチーフとかアイテムと云おうか、味付けといおうか、原作の大きな要素となるあらすじや設定のキーワードが著しく消滅したか格下げされてしまったという印象ですね。

先ず断っておくと、原作と実際の違いという様な、例えばスイス衛兵隊の数が小説中では確か140人前後、実際は100人前後とか、バチカンの保管庫や教皇執務室とかの配置や内装にデザインが違うなどというマイナーなどうでも良いことにはここでは触れません。

◆さて、原作と映画との違いなんですが、映画では、設定上別人になったか、格下げか、存在する設定だが登場しないか、更に完全に消滅した人物達が存在しますね。あらすじも設定・背景も変化したので、これには驚きました。

【 天使と悪魔 原作と映画の違い 】

出てこないセルン(欧州原子核研究機構)所長のマクシミリアン・コーラー、セルンの科学者でカトリック司祭のレオナルド・ヴェトラ、BBC記者のガンサー・グリック、BBCカメラマンのチニ―タ・マクリ、カメルレンゴの出生の秘密と彼の科学への逆恨みが消えた、つまり彼の犯行動機が変ってしまった。

更に、実の父親から養父へ、カメルレンゴの本名カルロ・ヴェントレスカからマッケナ神父へ、オリヴェッティがさほど重要な人物ではなくなりヴァチカン警察に、アサシンが傭兵に変りカリスマ性とポリシィーが消えた、新登場リヒタースイス衛兵隊長、セルンの扱いが貧弱、セルン所長マクシミリアン・コーラーの要請がヴァチカン警察の要請へ、X-33 (航空機) も出る幕無し。

大選皇枢機卿もモルターティからシュトラウス枢機卿へ、全員亡くなるはずの4人のプレフェリーティ(枢機卿であり候補)が1人生き残る、父が殺害されたヴィットリア・ヴェトラの復讐に燃えた探究心が消えた。

多分、新登場のシメオン神父、天使と悪魔の彫像を象徴にし原作からの変化を予感させた、記憶が曖昧だが多分消えたオリヴェッティの部下ロシェ・・・、ヘリにはロバート・ラングドンも乗り込むのだがマッケナ神父のみ、ロバート・ラングドンの奇跡のスーパーアクションが消えた。

ロバート・ラングドンがアサシンに遭遇しやっつける一連の場面、反物質の研究はヴェトラ親子のみの秘密だったはずが研究チームに変更、ペテロの墓の上に教会を建てた経緯(いきさつ)と聖書との関連性(つまりカソリックにとっての総本山であるバチカンの存在とか位置付けの大きさの強調という味付け)が出てこないので映画での演出とストーリーの流れが甘いものになって(時間がないので仕方ないか)しまった。

ラストにかけて、カメルレンゴが落下傘で降りてからの場面、原作でのカメルレンゴの荘厳で華麗な最後がなくなりお粗末な悪人の最後という印象、一連の真実が判明する経緯、ルカの名が登場した、神と科学の融合、ラストシーン・・・、ETCというところか。

ただ、1人の枢機卿が助かる場面は、映画的には高得点であり10ポイントであった。

【 映画版 天使と悪魔 ストーリーの疑問 】

マッケナ神父がそのカメラの存在を知らなかったという設定には、ちょっと納得出来ないのと、リヒタースイス衛兵隊長が、気持は判るが誰にも言わないで、つまり一人で全部背負って、マッケナ神父を問い詰めるというのも合点が行かないところである。真実を明らかにする前に2人だけで話、カメルレンゴの意志を事前に確認したかった・・・、判らなくもないが、別に部下が同席してもおかしくはない・・・と思うのだが。

・・・しかし、この位はね〜これはちょっと拘り過ぎかな。
まっどうでもいいかな。

極めつけは、ロバート・ラングドンがアサシンに追い詰められた時、入って来たヴァチカン警察2名に、「その男は警察官ではない!」又は、「そいつが犯人だ!」と十分に伝えられたのに云わなかった。実際は、見えなかったけれども。

この場面は絶対におかしいとまでは主張しないが、ちょっと腑に落ちない。
場面からは、とにかくその場から逃げるのみのロバート・ラングドンの意志しかないのは判らない事はないが、ある程度状況が把握でき、警官と銃声の音と声は十分に聞こえたと思うのだが。

ま〜細かいことです。アサシンの仲間かも知れないし、イタリア語は判らないし。

まっどうでもいいかな。

◆アサシン(元傭兵)がビジネスライクな意見と罪という発言を語るのには興ざめだった。
暗殺者に恐さと威厳の念が消滅してしまった。つまり普通のそれなりの人物になり、原作での劇中語られる深い歴史に裏付けられた彼の生い立ちなどが醸し出すムードが消えたのでした。

◆ダン・ブラウン原作の作品が映画になった場合の原則を紹介すると、細かな背景・設定とあらすじが変化する以外に2つの法則がありこうなる。

1、大体、暗殺者の最後は原作と違う。
2、補佐役の主要な刑事とかの人物の設定・地位・背景がわざと映画様に全く異なるものに作り変えられる。

さて、ま〜ダン・ブラウンが、製作総指揮者なのだから当然彼は全て了解済みな訳であるのだから、文句を言ってもしょうがない。

【 参考情報 】

因みに、ちょっと前には、反物質が存在しこの世と触れた場合、宇宙全体が連鎖爆発で吹っ飛ぶと云われていましたので、正直あの程度の爆発で済んでよいのかという疑問は未だにありますが、科学雑誌ではなく所詮フィクション小説ですから良しとしましょう。

更に、因みに、セルン研究所の本作品に該当する様な素粒子を加速し重金属に当て陽子の変化を見る研究をする存在は、実は日本の岡山県にも世界5位(3位?)以内のものがあります。

加えて、年配の方はご存知だろうが、「オリヴェッティ」とは有名なイタリアの会社であり、日本ではタイプライターで有名だった。パーカーの万年筆の様なものである。

◆じゃ〜、それでは、ダン・ブラウンは、一体この「天使と悪魔」や「ダ・ヴィンチ・コード」を映画化し、原作の特徴やストーリーを捻じ曲げても良いという条件化で、何を描きたかったのか!?

判りますか!?皆さん。

フリー・メーソンリーもイルミナティーもキリスト教も全てダン・ブラウンのアイテム・要素の一つですが、それだけの単体・独立したものと考えてはいけません。
全てが関連し「隠されたメッセージ」の存在を暗示しています。

答えは、こうです。

映画の後半アサシンが二人にこう語ります。

「神に使える者達に気をつけろ!」です!

◆そして、その神とは「どの神」なのか。
◆もしかしたら「あちら側とこちら側の両方」かも知れない。

私の推測が外れる事を祈るばかりです。

最後まで読んでくれて有難う。グラッチェ!

ダン・ブラウンはどこまで我々を楽しませてくれるのでしょうか。これからも彼の著述作品から目が離せません。最近は、フィリップ・マーロウの様にロバート・ラングドンが夢にまで現れる始末です。取り合えず最後まで見てくれて読んでくれて有難うございます。この記事は天使と悪魔の解説のオリジナルによるものです。又お会いしましょう。

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